社長ブログ
主座を保つ
私は、自由とは、人格の自由であり、その人格の自由は、結局良心の自由でなくてはならないと思う。いろいろ雑多な欲望を満たすことを自由と考えている間は、人格の自由は得られない。
(下村湖人「青年の思索のために」)
大学山岳部最後の春山合宿を白山で終えて下山したときのことを、今でもはっきり覚えています。
大学生活の4年間、年に百日も山に入る自由な生活をしていましたが、それもこの合宿で終わるのかと思い、ずいぶん憂鬱な気分になっていました。
自分の自由を、生活の糧と引き換えに、会社に渡してしまうのだという考えが、私の心を占めていたのだろうと思います。
もちろん、その数週間後に就職した途端、余りの忙しさの中で、そんなことを思っている余裕もなくなってしまったのですが。
確かに学生時代には、時間の使い方の決定権は私に属していました。
しかし、それが私にあったのは、学びを本分とし、生産活動を免除されていたからに過ぎなかったのです。
もちろん学生の頃からアルバイトに精を出す人はいるでしょう。
しかし、いくらアルバイトをしていても、正社員と比べればその拘束は緩やかで、時間の決定権はこちらにあります。
要するに学びを本分とする学生時代は、生産生活よりも消費生活が主体であったのです。
消費生活は個人が行うものであり、そこでは他の人との協働は必要とされません。
しかし、生産生活となると個人ひとりで行えるものではありません。
ある製品を作るにしても、どこからかは材料を仕入れなければなりません。
そして、出来た製品はどこかに納入しなければなりません。
どのようなものを作るにしても、必ず前工程があり後工程があるのです。
どのような生産活動であれ、それは社会全体の生産活動(サプライチェーン)の欠かすことのできない一部分を担っているのです。
それ故、個人だけで行える消費生活とは根本的に違い、全体が連携し協働しなければならず、個々の事情よりも全体の都合を優先しなければならない宿命にあるのです。
だからこそ個人は自分の自由を手放し、時間の支配権を社会全体に委ねざるえないのです。
これはたいへん厳しい話です。
東日本大震災の時も津波の被害を受けた工場が沢山ありました。
努力の末再建されても、一度サプライチェーンから外れてしまうと、工場を再建している間に、その工場を外したサプライチェーンが形成されてしまい、得意先を回復するのは容易なことではなかったのです。
どれほど同情すべき事情があろうとも、協働作業である社会全体の生産活動を一瞬たりとも止めるわけにはいかないのです。
津波の被害を受けた工場でさえそうですから、一個人や一会社の個別の事情など考慮されるものではないのです。
それ故、個人の時間の自由は社会に引き渡さざる得ないことになるのです。
それでは、生産生活は自由のない奴隷状態なのか。
けっしてそうではないのです。
それは自由についてどう考えるのかが問題となります。
それほど厳しい協働作業で、一人ひとりが社会の生産活動の抜き差しならない部分であるからこそ、責任使命が生じるのです。
その責任使命をより良く果たすために、創意工夫と協調性を発揮する機会が生まれ、その創意工夫と協調性を発揮する自由が生まれるのです。
その自由を闊達に発揮することで人のお役に立てるのです。
人は生きていくためには、必ず消費者であると同時に生産者でなければなりません。
片方だけの人生を送っている人など、この世には一人もいないのです。
消費生活を楽しむこともたいへん大事なことであり、その自由が拡大されることも望ましいことだと思います。
しかし、その自由によって、人のお役に立ったという実感を得ることはできません。
人のお役に立ち、生き甲斐を与えてくれるのは、生産生活なのです。
その生産生活が自由を束縛すると考えるのではなく、それこそが私たちの人生に意義を与えるものだと考えなければなりません。
そして、人のお役に立つために、人格の自由と良心の自由を存分に駆使して、本当の楽しい人生を送りたいものです。