社長ブログ
突破力
私は大学時代、山岳部に籍を置いて、年間100日ばかり山に入る生活をしていました。
山行の前後には準備と片付けがありましたから、ほとんど授業には行けません。
試験の前になると、級友からノートを借りて一夜漬けの勉強をし、どの科目もギリギリ合格するという体たらくでした。
そんな私でしたが、夢がありました。
それはいつかヒマラヤの未踏峰に登るという夢でした。
卒業して海外登山の勉強会を若い山岳部OBたちと始めました。
その頃私は東京勤務でしたから、月に二度ばかり新幹線に乗って神戸に通い、夜通し議論を交わしたものでした。
その中に、二〇代の若者たちに混じって、五〇代の大先輩が出席していました。
Fさんです。
若手が都合で休むことがあっても、Fさんは絶対に出席しておられました。
Fさんは会社経営者でしたから、決して暇で来られたわけではありません。
不思議な人だなあと思ったものでした。
そうこうするうちに、チベット遠征計画も出来上がり、山岳会の承認を得るために、その遠征計画を総会に提出したのです。
一億円もの費用がかかる遠征計画に、OBたちは「出来るわけがない」と挙(こぞ)って反対です。
これではとても承認されないなと思ったその時、Fさんが手を挙げられて、「この計画に必要な資金は、私が命を懸けても集めます」とはっきりと言い切られたのです。
その迫力にこれまで反対の狼煙を上げていたOBたちも沈黙し、その計画は可決されたのでした。
このFさんの発言を、最初私はハッタリではないかと疑いました。
というのも山岳会はもとより、大学全体としても、一億円という多額な募金を成功させたことはなかったからです。
しかし、経営者として社会的な地位もある人が、いい加減なホラを吹くはずもないとも思いました。
その後、どういう訳かFさんに見込まれた私は、Fさんに話を伺う機会も多くなり、時には募金のための企業回りにも同行させていただきました。
そして、その募金計画の周到さに驚きました。
大学の卒業生がどの企業にいるか、どの企業のどこをつつけば募金をしてくれるか、全部調べ上げておられたのです。
また、募金を集めるためには錦の御旗が必要で、山岳部の遠征ではなく、大学主催の遠征にしなければなりませんでした。
そのために登山隊に加え若手の先生方を集めた学術隊も編成し、学長を実行委員長にいただく組織をつくられたのでした。
その他の細かい工夫を挙げれば限(きり)がありませんが、結果として一億円をはるかに超える資金を見事に集められたのです。
私はその募金の有様を、そばで見ていて、世の中とはこのようにして動かすものかと、たいへん貴重な勉強をさせてもらいました。
誰もが不可能だと思ったことが実現されていく過程を体験させていただいたのです。
ヒマラヤの未踏峰に登れたこともさりながら、その後の私の経営者人生に、よりプラスになったのは、むしろこの募金活動を見させていただいたことだろうと思います。
ほとんどの人が不可能と思うようなことであっても、諦めずに考え抜けば必ず道が見つかる。
この時の経験がなければ、そんなことは単なる頭の理解に留まっていたことでしょう。
困り抜くようなことに直面しても、少なくとも簡単に諦めなくなったのは、この経験のお陰だと思います。
ここでは少し大きなことを取り上げたかもしれませんが、もっと些細なことであっても、目標に向かって現状を変えるという仕事には、突破力が必要です。
その突破力は、現状を変えたいという思いであり、同時に自己を実現したいという思いに他なりません。
重要な課題や解決の難しい問題は、必ずと言っていいほど理不尽な顔をして現れます。
それ故、多くの人はそれを避けようとして、不可能だと断言してしまうのです。
しかし、そんな課題や問題を克服しなければ、進歩はありません。
そして、出来ると分かっている仕事だけをやっているところに、本当の生きがいを感じることもありません。
仕事の場は、そんな生きがいを感じ、自らの限界を突破して自分を成長させるためにあるのではないでしょうか。